暗さの美が支配する世界


暗さの美が支配する世界(佐藤和宏の挿画)



 佐藤和宏の挿画が、さほど世間の注目をひかないのを不思議に思う。
 蒼い燐光ただよう祠から沁みだした闇の粒子が、森を、花を、ゴチック様式の伽藍をかたちづくり、おぼろな月の明るさをかりて地上に投影する――そんな暗い美が支配する彼の画風と、ブラックメルヘン的な幻想小説とが、シャルル・ノディエ『炉辺夜話集』(牧神社七十五年初版 篠田友和基訳)においてはみごとに調和していた。  

 後に岩波文庫で、同じ篠田訳のノディエ幻想短編集をが出た時は、スタール、トニー・ジョハンノットが描いた原著の挿画が転用されていたが、名作「ベアトリックス尼伝説」などは佐藤の絵の印象が強すぎ、ついつい牧神社版で読み返してしまったくらいだ。

‘大衆は、素朴な画家の絵など、額縁をつけて、ニスで、艶を出していなければ問題にしないものなのだ。しかし、美と真なるものへの愛が、まだ、悪しき習慣によって失われていない読者なら、このような宣言を聞けば何をすればいいかはすでにおわかりだろう。(「ベアトリックス尼伝説」より引用)’

 はからずも佐藤の知名度が低い理由を語ったような文章だ。
ためしに彼の名と‘画家’をネット検索してみても、楠田枝里子の文に絵をつけた『色の小宇宙』しか出てこなかったのには驚いた。



『炉辺夜話集』表紙



同上目次頁挿画


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 こちらはジャン・ド・ベルグの奇妙なエロチシズム小説『イマージュ』(角川文庫昭和四十九年初版 行方末知訳)に添えられた挿画(=扉絵)。
  ハンス・ベルメール風の、鎖で後ろ手に縛られた人形のような裸身、濡れそぼる薔薇の花(あきらかに女性器を象徴している)に挿し込まれた人差し指――『炉辺夜話集』で暗いメルヘン世界をかたちづくった闇の粒子が、黒い花粉のように舞いながら頁にエロスの花を咲かす。性の快楽がつかの間の喜びであるのと同様、その美しさも虚像=イマージュのごとくはかなげだ。
                                                         




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